
※完全ネタバレなので、未読者は絶対に本記事を読まないでください。
犯罪者それもシリアルキラーの心理描写を克明に描き切った本書。
そのあまりにも残酷な内容に戦慄しました。
また、推理小説としても面白く、ラスト数ページで今までのすべてがひっくりかえった時は鳥肌が立ったのを覚えています。
しかし、その弊害で本書を1周目で理解するのは難しく、混乱する人もいたでしょう。
今回は備忘録の意味も込めて、「殺戮にいたる病」の考察をしようと思います。
蒲生家の家族構成
本書のトリックの核である蒲生家の家族構成から入りましょう。
- 稔:一家の大黒柱であり、シリアルキラーでもある。
- 雅子:稔の妻。
- 信一:長男。作品内では隠された存在。
- 愛:長女。
- 容子:稔の実母。信一同様に作品内では隠された存在。
- 稔の実父:5年前に他界。
稔と信一を読者に誤認させる。それが本書の唯一にして最大の叙述トリックです。
最後まで読者は稔が蒲生家の長男だと思わされていました。
「雅子は長男の稔を疑っており、稔は雅子にバレないように動いていた」
ではなく
「雅子は長男の信一を疑っており、稔は容子にバレないように動いていた」
が真実だったわけです。
信一はどんな男だったか
稔のスケープゴートにされた哀れな存在。彼はいったいどんな男だったのでしょうか。
稔視点では一切の描写がないため、雅子視点で判断するしかありません。
といっても雅子の思い込みが強いので、実際の人物像ははっきりしません。
ごく普通の大学生としか言いようがないのです。
ただ1点だけ。彼だけが本当に家族を大切に考えていたのは事実です。
彼は雅子より前に蒲生家に起きている凶行に気づいていました。
雅子が2月の時点で「信一が数か月前からおかしい」と考えており、稔の初犯は前年10月。
これから推測するに早い段階で父親に疑惑を持っていたのでしょう。
そのことを誰にも打ち明けられず、アイコンタクトで雅子にSOSを送っていましたが、最後までそれは気づかれませんでした。
だったら1人で父を止めるしかない。稔の最後の良心にかけて、信一は決死の説得を試みたのです。
しかし、それすらもムダでした。なんのことはない。稔は子どもには一切関心がなかったのです。
なぜ蒲生稔は病に侵されたのか
先天的な異常者ではありますが、それでも後天的な原因も確かにありました。
それが実母への愛情と実母からの裏切り。
ある日、彼は運の悪いことに両親の情事を目撃し、その内容を理解しないまま自らも母の服を脱がそうとします。
それに気づいた父が稔を殴打、汚い言葉で文句を言う稔の頬を今度は母が叩きました。
もちろんそれは教育なのですが、稔は愛していた母に裏切られたと思ったのでしょう。
母への愛情自体は男なら多かれ少なかれあります。もちろん性的までいくと病気ですが。
ともあれ、ここが病の大本になったと考えられます。
そこから犯罪を犯すまで曲がりなりにも常人でいられたのは憎悪する父の存在が大きかったと思われます。
他界するまで同居していたようですし、ある種の支配を受けていたのでしょう。
だからこそ雅子と結婚して2人の子どもを作れたと思います。夫婦の冷め具合を見るに恋愛結婚とは到底思えません。
その父が他界し、彼の中で潜伏していた病が暴走を始めます。
それが完全に開花したのが意図しない殺人だったわけです。
なんかこう見ると、Fateの言峰綺礼に近い気がしますね。
生まれながらの異常者が常人として生きようとするも破綻。ある意味で人間社会の犠牲者かもしれない。
蒲生夫婦の闇
最初こそ雅子の過干渉ぶりがやたらと目につきますが、読後は稔の無関心っぷりが目につきます。
いや、無関心なんて生易しいものではありません。娘の愛に至っては侮蔑すらしています。口封じで信一を刺すのにもためらいはありませんでした。
どうも彼の精神年齢は過去のトラウマ時点からほとんど成長していないようです。読者に大学生と誤認させられるレベルですからね。
父親としての自覚がない。まあ、目指すべき父親像がないですからね。
雅子も過干渉はアレですが、別に子どもとそんなに仲悪くないので格段にマシではある。
叙述トリックのためとはいえ稔視点で子どもとの会話ないですからね。怖いよ。
読後だからわかる稔の本当の怖さ。推理小説としては最高のキャラクターと言えます。はきそう。
最後に
蒲生家を知るうちに言いようのない恐怖が襲ってきます。
確かにこれを読まずにミステリーを語るなと言われるだけはある。色々と価値観が変わりました。